【Merry Christmas】はじめに言葉ありき【栗山葉湖の心が軽くなる365の言葉】287/365

クリスマスイブからクリスマスへの
うつりかわる時刻に

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栗山葉湖(くりやまようこ)です。

少しだけお断りしておくと
私はキリスト教徒ではありません。

親族はお葬式を葬儀場に
お坊さんに来てもらって執り行いますが
仏教徒でもありません。

結婚式は神道で挙げ
神社にもお参りしますが
神道に傾倒しているわけでもありません。

しかしながら
全世界がクリスマスを意識している
この夜には

キリスト降誕

聖書からひとつの言葉を紐解きましょう。

「はじめに言葉ありき」

ヨハネによる福音書はこう始まっています。

ーーーーーーーーーーーーーーー

はじめに言葉があった。
言葉が神と共にあった。
言葉は神であった。

ーーーーーーーーーーーーーーー

つまり「光」であれ
「闇」であれ
「熱」であれ
「地と海」であれ

言葉で表さないことには
ものを定義したり
自分と分けたり

自分が何なのか?さえ
存在させることができないのだ、と。

大人になってわかったのは
「自分のしあわせは
自分でつくるものだ」

ということです。

だからこれを読む方の中には
何かの宗教の信者として
「神様を信じてすがったり
報告する相手としている」
人もいると想いますが

いずれにせよ
「言葉」のチカラがないと
自分がしあわせなのか
ふしあわせなのかも

明確にできないのだ、という
これは真実ですね。

言葉は使い方ひとつで
人を生かすことも
人を殺すこともできる

「はじめに言葉ありき」

荒野の果てに

という賛美歌があります。


荒野の果てに 夕日は落ちて
妙なる調べ 天より響く
グローーーリア 
イン エクセルシス デオ

グロリア イン エクセルシス デオは
こう書きます。

Gloria, in excelsis Deo!

グロリアは栄光、
インエクセルシスは高いところ、
デオは神

よって

いと高きところの神に栄光あれ

という意味だそうです。

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みなさんに
みなさんの言葉に神が宿ります。

みなさんの言葉=神に栄光あれ

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